一斉学力テスト問題 詳細
2006.07.05
第3回東京都「一斉学力テスト」出題問題の分析と検討(上)
「一斉学力テスト」と「成績」公表が競争をあおり立て、教育を壊し、子どもの心を傷つけている
―百害あって一利なしの「一斉学力テスト」はもうやめるべきです―
私たちはたくさんの子ども、父母、教職員、研究者らの声をもとに、「児童・生徒の学力向上を図るための調査」(以下「一斉学力テスト」)の実施と「成績」の公表が、子ども・学校・地域間の競争を煽り、子どもの人間発達や学校教育に取り返しのつかない歪みをつくり出すことを指摘し、その実施と「成績」公表をやめるよう強く求めてきました。とくに「成績」公表については、中学校長会からも強い反対の意見が表明されるなど、中止を求める声が大きく広がっています。
■「あんたの市は最悪だ」‐点取り競争が子どもを傷つけている‐
これまで3回の「一斉学力テスト」の実施と区市ごとの「成績」公表は、私たちが心配したとおりの重大で深刻な問題を子どもと教育に持ち込んでいます。
区市教育委員会の中には学校ごとの「成績」を公表し、「成績」をあげるためには授業時数を増やさなければならないと一部の教科の授業時間数を増やしたり、「土曜補習」を強制したり、夏休みを短縮する、朝自習や放課後の勉強内容を教育委員会が指示するなど、子どもや学校の実態、地域の実情、研究者や教職員の意見を無視して一方的にすすめられています。学校現場では「一斉学力テスト」のために、小学5年生と中学2年生の冬休みの宿題が急に増えたり、3学期に入ってからはテスト対策用のプリントばかりやっている学校が現れたり、「一斉学力テスト」のための模擬テストがおこなわれたり、事前にテスト問題が漏れているなどの噂が飛び交ったり、子どもと学校教育にいっそうの歪みと混乱をもたらしています。また、「お前の学校は成績最下位だ」、「あんたの市は最悪だ」などとからかわれ、地域の学校には行きたくないと父母に引越しを求めたり、転校をせがむなど、深く心を傷つけられた子どもも少なくありません。
■序列化される学校の中で新入生が数人の学校も
不動産の広告チラシに「○○学校区」という言葉がキャッチフレーズになっていると父母のみなさんが話しています。学校選択制(学区の自由化)のもとで「一斉学力テスト」の「成績」公表がおこなわれればどうなるか、東京の区市のなかには「成績上位校」には新入生が集中し教室がパンク状況、その一方で新入生が極端に少ない学校が生まれています。数えるばかりの新入生を迎えてのさみしい入学式。これがどれほど子どもの心を傷つけているか、想像するに余りあります。
■これで「指導法の改善」と「学力向上」が図れるのか?
「一斉学力テスト」で出題された問題のなかには、問題そのものが不適当・不適切であったり、どれが答えか首を傾けざるを得ない問題が多々見受けられることが研究者や現場教職員から指摘されています。テスト問題を見た教職員からは、本当にこのような問題で子どもの学力が測れるのか?指導法の改善に役立つのか?「関心・意欲・態度」の設問には子どもも呆れていたなどといった声が上がっています。
私たちは、「一斉学力テスト」の実施と「成績」公表に反対するとともに、「一斉学力テスト」で出題された問題を現場教職員の目から分析・検討することがきわめて重要と考えてその作業をおこなってきました。結果は全体として、このような問題で子どもの学力の実態や形成状況が把握できるのか?学力向上を図るという目的を達成できるのか?など、たいへん疑問に満ちたものとなりました。また、明らかに欠陥のある設問も少なからず指摘されています。
■学力向上のためにやるべきことは「一斉学力テスト」ではなく30人学級の早期実施
私たちは、このあとの各教科の問題分析と検討結果に見られるような疑問と欠陥が多数指摘されるテストで測られた「学力」の成績公表や「意欲・関心・態度」の計測結果は根本から再検討すべきだと考えます。
「一斉学力テスト」は、24人分も答案用紙が紛失する不祥事がおきる(2003年度)、採点を委託した業者の採点ミスが発覚し急きょ子どもに「成績」を知らせる「個票」を回収する(2004年度)など、実施上のミスも続いています。都教委が、学力向上のためにやるべきことは「一斉学力テスト」ではなく、学習指導要領の押しつけをやめ、学校で創意工夫を重ねながらとりくまれている教育実践を励まし、いっそう豊かにするための教育施策、たとえば30人学級を東京でも実施することではないでしょうか。
そのうえであらためて都教委に対し、来年以降の「一斉学力テスト」の実施中止を強く求めるものです。
I.東京都の「学力向上を図るための調査」の
「小学校5年・国語科」の調査問題について
田村俊樹
一、国語科の学力をどう考えるか
中教審は、国際学力調査の結果をもとに、読解力や記述式に問題があるなど、学力低下の傾向があると認め、学力の二極化が進行をしていると分析しています。これは、厳然とした事実ですから、そう言わざるを得なかったのです。このことについて、2人の学者の意見などを交えながら、もう少し触れます。
■「21世紀の学力の基礎・基本は、問題解決、批判的思考、コミュニケーション能力、自信など,教科を横断した力が求められる。」(中嶋博・早大名誉教授、山梨日日新聞、2005、2、5)
■「国立教育政策研究所が、2001〜2003年にかけて実施した教育課程実施状況を見ると、子どもたちの学力は『読み書き計算』の基礎技能の領域で落ちてはおらず、むしろ高次の問題解決、批判的思考、コミュニケーション能力において低下している。つまり、ドリル学習の普及は、その方法が稚拙で効果が乏しいだけでなく、......これに時間と労力をさくことで、かえって学力低下を助長した可能性がある。(佐藤学『世界』2005・5月号)
以上からいえる国語科の学力は、どのようなものであるか、言わんとすることは推定でき、支持できます。今回、文科省は、「言葉の力」の重要性を打ち出し、「これを全ての教育活動の基本的な考えとする」と明記しています。そして、「言葉は、確かな学力を形成する為の基盤、他者を理解し、自分を表現し、社会と対話するための手段で、知的活動や感性・情緒の基盤となる」と説明をしています。
これを僕は、次のように整理してみました。それは、コトバの教育である国語科、そのコトバの果たす根源的な役割について、明確な確認が必要だと思うからです。
人間は、コトバを使って伝達をします。ですから、子どもの伝達力を高めるには、そのコトバが身につき、子ども自身が、自由自在に使える必要があります。これは、言語と伝達が密接に結びついているからです。これは、伝達をする為の言語と言えます。それと合わせて、伝達のための言語だけではなく、認識を深めるために言語があるという視点です。人間は、言語によって考えるからです。いわゆる思考を深めることと密接に結びついたものという視点です。
二、都の学力調査の構成と見解
都教委は、カリキュラムの評価、授業改善のスタートの手段として利用するといっているのですが、この観点から問題をみてみます。
A.問題は次のように構成されています。
(1)〜(4)までは、漢字の読み方、書き方、意味に関わる事項
(5) 修飾語
(6) 辞典の使い方
(7) インタビューの仕方
(8) 作文
(9) 文学文の読み
(10) 説明文の読み
B.各構成についての意見
(1)〜(4)までの漢字力の調査について
(ア)この漢字力の調査は、5年生の調査までに学習する漢字、約700字ほどの中で、45字程度の漢字が調査されています。カリキュラムの評価、授業改善のスタートの手段として使うのには、どの漢字が読めて(読めないか)、どの漢字が書けるか(書けないか)、そして、意味をすべてにわたって、調査する必要があります。そうでなければ、カリキュラムの評価、授業改善のスタートの手段としては使えません。これでも、学校毎のテストの結果を公表し、競争させるには使えますが......。
かつての調査は、全ての教育漢字の読み、書きを調査していました。それは、文化庁調査・1964年、国立国語研究所調査、1983、1984年などに出ています。これは、科学的な調査になっています。付け加えれば、これは、悉皆調査ではなく、抽出調査です。カリキュラムの評価、授業改善のスタートの手段に使うなら、今回の都の悉皆調査ではなく、抽出調査でいいのです。
(イ)漢字力の調査ですから、実際に漢字を書かせることが必要です。これがないと、漢字を書く力は、調査できないのではないでしょうか。このような調査では、漢字は書けなくても正答が出せます。
(5)選んで、当てはめる問題です。
このように選んで、当てはめるのではなく、カリキュラムの評価、授業改善のスタートのためなら実際にその言葉を使って、文を書かせてみる、これが大切です。その事で、問題解決、批判的思考、コミュニケーション能力、表現力が、調査できるからです。これは、手数がかかるから...というのは、怠慢です。
(7)インタビューの知識調べです。
このような知識は大切ですが、これが、実際どのように使えるか、それが重要です。
そのためには、実際のインタビューの場で調査してみる必要があります。カリキュラムの評価、授業改善のスタートのためなら、抽出調査でできます。
(4)は、子どもの常識をどう見ているのか、疑問になる問題です。関心・意欲・態度を調査しなくてはならないので、無理に作っているようです。
(8)作文の調査
このような知識は大切ですが、これが、実際どのように使えるか、それが重要です。そのためには、実際に書かせて調査してみる必要があります。カリキュラムの評価、授業改善のスタートのためなら、抽出調査で間に合います。
(1)(3)は、やはり、子どもの常識をどう見ているか、疑問におもいます。
(4)は、関心・意欲・態度を調査しなくてはならないので、無理に作っているようです。
(9)文学文の読み
(1)(2)の問題について。子どもたちの中には、読み取り不足で、誤読をする子がいます。そのような子たちにどう指導の手をさしのべるか、それが課題です。
また、子どもがコトバを使って考え、子どもが自分の頭を使って思考力をする事、これがコトバが身につき、子ども自身が、言葉を自由自在に使えるようになるのです。ですから、言語と思考を結びつけた指導が必要です。カリキュラムの評価、授業改善のスタートのためのいいながら、このように正答を探して答えるという方法は、自分の頭で考えることにはつながりません。
(3)は、正答と誤答があまりにも単純で、子どもの何を調査しようとしているのか、疑問です。
(10)説明文
(1)〜(3)の問題について。授業改善のスタートのためなら1から4までの答えが出たときに、それはどうして、そのような答えにしたのか、話し合わせることが大切です。この話し合いのなかで、子供の考えの実態がつかめ、指導の手がかりができます。それには、抽出で行うことが適切です。
(4)は、やはり、子どもの常識をどう見ているか、疑問におもいます。(4)は、関心・意欲・態度を調査しなくてはならないので、無理に作っているようです。
文学文・説明文の問題に共通していること。
この説明文・文学文の読解は、大人が考えた正解に合わせるような形式になっています。これでは、子どもの考えは能動的に活動しません。最近、文科省さえ「思考力を養う」と強調してきましたが、これでは、こどもの思考が働くようなテストになっていません。
このように、大人の考えた正解に合わせて、思考をするようなテストは、子どもが自由に思考することができないからです。そして、このことは国語嫌いの子どもを作ります。子どもの考え・思考が自由に発揮できるようにすることが大切です。
今回文科省は、読解力が、PISAの学力テストで世界で14位に低下してショックのようで、「言葉の力」の大切さを打ち出してきましたが、「言葉の力」をつけるには、まず、このような子どもの思考を縛るような学力テストを止める事です。
文科省は、「言葉は、確かな学力を形成する為の基盤、他者を理解し、自分を表現し、社会と対話するための手段で、知的活動や感性・情緒の基盤となる」と、言っていますが、この中の「知的活動」や「感性・情緒」とは、どのようなことを意味し、それは、どのようにしたら身につくのでしょうか。
先ず、知的活動ですが、これは、子どもが五感・想像力などを使って、主体的・能動的に考える中で成立するものです。都の学力テストのように、大人が考えた正解の『あれか』『これか』に合わせる活動ではありません。子どもという私・子ども個人が、主体的に考えることです。
子どもの『学習からの逃避』が言われて久しいですが、これは、今回のこのような大人の正解に合わせさせられる指導によって、子どもの学習への主体性が奪われている結果によるものです。
(11)解答欄が29あります。この点数配分はどうなっているのでしょうか。このうち、漢字に関する解答欄は、10個です。全体の約3分の1です。配点が同じだとすると、漢字に関する解答欄の割合が大きすぎます。
三、まとめの意見
以上、見てきましたように、カリキュラムの評価、授業改善のスタートのためなら、調査の内容、方法など、検討し直す必要があります。重ねて書きますが、悉皆調査・テストの成績の公開の必要性はまったくありません。
II.東京都の「学力向上を図るための調査」の
「中学校2年・国語科」の調査問題について
一、問題分析の観点
次の2つの観点から分析しました。
(一)中学校国語科で、私たちが生徒につけたい言語能力・教えたい内容から考えて適切な問題であるか。
(二)生徒の言語能力を正確に測れる問題であるか。
二、今回の学力テスト問題の観点ごとの問題点の検討
(一)言語についての知識・理解・技能
(1)漢字の読み・書き(1と2の問題)
漢字の「読み」は「告げる」「登頂」「延長」、「書き」は「慣れる」「貿易」「任」が出題されています。「読み」は小学校6年までに学習する漢字、「書き」は小学校5年までに学習する漢字から出題されています。中学校で新出漢字として読みを学習する字が出題されていません。これは教科書によって2年までに提出される字が異なるためだと思います。昨年度のテストでの漢字の正答率は、「読み」が九八%程度、「書き」が67%程度でした。
(2)語句(3の問題)
「敬語」「故事成語」「慣用句」の3問が出題されています。「敬語」の問題は、店員が客に服をすすめる場面で、どうぞ「おめしになってください」を選ばせるものです。しかし、この場面ではどうぞ「着てみてください」のほうが今では自然です。現代では、尊敬語と謙譲語は減り、丁寧語が増える傾向があります。その点からも適当な問題ではありません。「故事成語」は、「五十歩百歩」、「慣用句」は「一目置く」が出題されています。「故事成語」や「慣用句」は微妙な感情や状況を表現するものが多く、大人になるまでに体験を通して実感しながら身につければよいのです。「語句」の出題は、一般的な語句で、中学生に正確に使えるようになってほしものにすべきです。
(二)読む能力
(1)文学的文章(4の問題)
今回のテストは、漢字の問題を除いて設問はすべて選択肢から選ぶ形式です。選択肢から選ぶ形式の問題では、選択肢の作り方によって、本文が読めていても不正解になったり、逆に、本文が読めていなくても正解になる場合もあります。問(1)と問(2)は、選択肢の文章が正解以外は明らかに間違っていることがわかるもので、本文が正確に読めてなくても、消去法で正解になる場合もあります。
次に、質問する箇所は、その文章でぜひ読みとってほしいところを出題すべきです。
問(2)はぜひ読みとってほしいところではありません。問題を作るために探してきたようなところです。
問(4)で、「文章表現の仕方」をについてきいていますが、選択肢のなかに「体言によるいいきり」という言葉が使われています。すべての教科書を調べたわけではありませんが、「体言」ということばは、授業で必ず教えることにはなっていないと思います。注で説明するなどの配慮が必要です。文学的文章は、登場人物の気持ちやその場の様子を豊かに想像し、深く味わうことが大切です。それができているかどうかを測るには不十分な問題です。
(2)説明的文章の読み(5の問題)
「雨水の利用と処理」について述べている2つの文章を読み比べて答える問題です。2つとも長い文章の一部分と思われるもので、説明文としてのまとまりが不足している文章です。
問(1)は、一方の文章で述べていることと関連している内容を、もう一方の文章から探す問題です。問(4)は、ある内容が1と2のそれぞれの文章に書かれているかどうかを確かめる問題です。両方の問題で必要とされているのは、「ある内容が文章中に出ているかどうか確かめるだけの能力」です。説明文・意見文の学習では、内容を確認するだけではなく、述べていることが正しいかどうかを理由・根拠を確かめて検討できる力をつけることが大切です。
問3で、「都市の変化について述べている一文をさがしなさい」とありますが、ここは、「都市の変化・現状」とすべきです。
(3)古典(6の問題)
「平家物語」の冒頭の文章を現代語訳をつけて出題しています。原文と現代語訳の意味の対応をきいているだけです。古文はわからないときめてかかって読もうとしない生徒以外は解ける問題です。「古典に親しむ態度を育てているか」測っているのでしょうか。
(三)書く能力(7の問題)
中学生が書いた読書感想文を校正する問題です。問1は長すぎる文を3つの文に分ける問題です。これは、文法の問題でもあります。問2は、抜けている1つの文を元の文章に戻す問題です。これは、読みの問題でもあります。この2つの問題で測れるのは、書く力のほんの一部分です。
(四)関心・意欲・態度(8の問題)
一人の作家を取り上げ、その作家と作品についてスピーチをするという問題設定です。スピーチの準備として何をするか、選択肢から選ぶのですが、選択肢のうち1つだけが誤りで残りはすべて正解です。「先生が渡してくれた参考資料をそのまま読む練習をする」が間違いの選択肢です。この問題で測っているのは、関心・意欲・態度ではなく「常識」です。この問題では、関心・意欲・態度は測れません。
(五)話す・聞く能力(9と10の問題)
「読書の大切さ」について討論をする時の、討論者と司会者の心構えをきく問題です。もう1問は、電話をかける時の話し方をきく問題です。十の問(1)は「他人の意見より自分の意見がすぐれているという自信を持ち、自分の意見発表だけに集中する」だけが間違いの選択肢です。しかし、これは自信がなく、あがってしまう生徒にとっては必要なことでもあります。
話す・聞く能力は実際に話したり聞いたりしないと測れません。今回の問題は、討論や電話のかけ方についての知識・常識を問うているだけです。
三、まとめ
分析の観点の(一)「中学校国語科で、私たちが生徒につけたい言語能力・教えたい内容から考えて適切な問題であるか。」から考えると、「語句」、「文学的文章」、「説明的文章」、「書く能力」、「話す・聞く能力」で不十分・不適切です。分析の観点の(二)「生徒の言語能力を正確に測れる問題であるか。」から考えると、「選択肢形式の設問」、「書く」、「話す・聞く」、「関心・意欲・態度」で不十分・不適切です。
私は、今回の学力テスト問題は上記の2つの観点で不十分・不適切な点が多いため「授業改善」「一人一人の生徒の指導」にほとんど役立たないと判断します。東京都教育委員会は、現場の先生方に問題の適否についてのアンケートを実施し、その結果を公表すべきです。また、テストの結果で地域・学校・教師を競争させ、「授業改善」の数値目標を出させるのではなく、現場の先生方が出来ない生徒にわかるまで教えられる条件整備をこそすべきです。
III.東京都の「学力向上を図るための調査」の
「小学校・理科」の調査問題について
小佐野正樹
こんなテストで学力ははかれない
一、教科書どおり覚えたか、教科書どおり教えたかを点検する
小学校5年生の「科学的な思考」を調べるというアオマツムシについての設問があります。「4人が、アオマツムシの鳴き声を聞きながら話し合っています。アオマツムシについて、あてはまらないことを話している人はだれですか」。
「アオマツムシ」という昆虫は、現在の理科の教科書にはまったく登場しません。まして、東京でこの昆虫を実際に見たことがある子どもはまず少ないでしょう。そういう実態がありながら、こんな設問を聞こうということは、観念的な知識を持っているかどうかを調べようというだけです。その知識と言えば、「昆虫の足は6本」であり、「昆虫の体は、頭・胸・腹の3つに分かれている」という、教科書に書かれたとおりのことを覚えているかどうかです。
5年生の子どもたちに昆虫とはどういう生き物かをとらえさせようとするなら、ただ「足は6本」「頭・胸・腹」といった断片的なことをお題目のように暗記させるのではなく、頭には触覚や目といった感覚器官があり、胸には羽根や足といった運動器官、腹には消化器官や呼吸器官、生殖器官があることくらいおさえたいものです。そうしたら、アオマツムシだけでなく、トンボもチョウもセミもどれも胸の部分がかたい外骨格でおおわれていること、腹の部分がやわらかくてひくひく動いていること、そういういろいろな昆虫に共通するからだのつくりの意味が見えてくるでしょう。それに、「足は6本」はあってもなぜか羽根についてまったくふれないのは、おかしなことです。動物のなかで昆虫だけが地球上のあらゆる地域へ世界を広げていったことと、羽根を獲得したこととは不可分のことだからです。
このテストで調べようとしていることとは結局のところ、教科書に書かれていることを絶対視して、それを子どもたちが覚えているか、教師がそのとおり教えたかということであり、その中身が自然科学の内容としてふさわしいかどうかという吟味をしているわけではありません。これをもって本当の「学力」を調べることなどできるはずがないのです。
二、子どもの考えを鋳型(いがた)にはめる
例の「関心・意欲・態度」を調べる問題には、次のような4択問題があります。「台風が近づき、風雨が強くなりました。あなたならどのようなことをすればよいと思いますか」。正解は「テレビなどの天気予報を見る」「雲の画像やアメダスなどの情報を見る」等の3つで、「外に出て、風雨の強さを調べたり、川や海のようすを観察したりする」が不正解だそうです。恐らく、危険だからダメという"道徳的"な理由からこれを不正解にしたのでしょうが、具体的な事実を調べるという科学の方法から言えば、こちらの方がはるかに「関心・意欲・態度」があるという考えだってありうるでしょう。"個性を大切に"と言いながら、このような優等生的な規範の鋳型に子どもたちの心を押し込めようというテストが、いかに非教育的で科学嫌いにさせているかを示す例です。
三、有害無益の学力調査はただちにやめるべきである
こうした学力調査が学校教育にもたらした弊害は、たいへん深刻なものです。「学力=数値化された知識」という考えに子どもも教師も親も追い込んで競わせる。こうして豊かな自然科学の世界をみんなで学んでゆく創造的な授業がどこかに押しやられ、かわりに塾や予備校の教師が公立学校に来て"受験指導"するといった事態まで都内で起きています。「人格の全面発達」を保障する教育ではなく、断片的な知識だけを押しつける教育に学校を変質させようという動きが、この学力調査を軸に始まっているのです。
都教委のホームページには、この調査の目的が次のように書かれています。「(1)児童・生徒一人一人に確かな学力の定着を図る。(2)各教科の目標や内容の実現状況を把握し、指導方法の改善・充実に生かす」。恐らく都民向けの宣伝文句なのでしょうが、学校現場から見る限り、この説明はまったくのウソです。昨年まで行われた調査で、子どもたちから「なんのためにこんなくだらないテストをするの?」と言う声があがるほど"学習意欲を低下させる"ことに役立ったこと、正答率の順位を公表し競争をあおりたてた結果、本来の授業時間を削ってテスト対策に子どもたちを追い込みますます勉強嫌いを広げたこと、「指導方法の改善・充実に生かす」どころかテストに間に合わせる教科書どおりの授業をせざるをえない状況に追い込んで、教師から創造的な教材研究の時間を奪ったことなど、どれひとつとっても有害無益だったというのが実態だからです。こうした過去2年間の"実績"を真摯に受けとめるならば、こんな学力調査はただちにやめるべきです。
来年度から文科省が全国的に実施しようとしている学力調査について、愛知県犬山市の教育委員会は不参加を表明したといいます。その理由として、「本当の学力はこうしたテストで測定できるものではない」「子どもの学力評価は日常の教育活動の中で次の授業に生きるような形で行うべきで、『できた、できない』だけで評価するべきでない」と述べています。ほんとうに教育の論理に立ち、子どもの学力を保障しようとするなら、こうした見解になるはずです。
都教委や文科省は、このような貧しいテストに"権威"をもたせて学校教育をゆがめる役割をはたすのではなく、教師の創造的な教育活動を励まし実現できるための条件を整備するという本来の仕事に戻るべきです。
IV.東京都の「学力向上を図るための調査」の
「中学校・理科」の調査問題について
鷹取健
一、出題内容の実際
設問数は問題1から問題6までの26題である(平成15年度では25題)。
「5 生活の中で見られる光や...」とか問1‐(2)での「東京都の花はソメイヨシノ」など自然科学教育の中に恣意的な匂いのあったものから、今回は学習指導要領の単元名に沿った表題で問題が構成されている。
(1)「観点別」構成からみた設問数
1.科学的な思考‐9(9)
2.自然事象への関心・意欲・態度‐3(5)
3.自然事象についての知識・理解‐8(6)
4.観察・実験の技能・表現‐6(5)
( )内は平成15年度の数値である。観点別の設問数の量の傾向は大きく変わっていないが、「関心・意欲・態度」が少なくなっている。
(2)分野別構成からみた設問数
物理:11(9)
化学:2(4)
生物:7(9)
地学:5(4)
計:26(25)
( )内は平成15年度の数値である。学習指導要領の記述にもかかわらず、化学領域や地学領域が少ない。これは単に設問を増やせば解消できることではなく、この領域の内容と教材を選び、教えたい。われわれは自主的に系統的な自然科学教育の教育課程編成について基本的にとりくむ必要がある。
二、問題の検討
与えられたページ数がわずかなので、検討結果の記述は部分的にしたい。
(1)科学的な思考
この観点からの出題数は依然として多く、26問中9問ある。学習指導要領は、自然科学の基本的な概念や法則の理解を指導するというよりも、これら学習内容と切り離して「方法」だけを重要視しているが、出題の傾向はどうか検討してみよう。
問1‐(2)生物・身のまわりに見られる植物(光合成の実験)
実験操作自体に問題がある例で、これで科学的な思考を評価・評定することができるか出題者の意図を聞きたい。
ア 問題文は「一晩、暗室に置いたアジサイの葉の一部を」とある。この実験操作のように、葉を茎から切り離して、一晩暗室に置いて実験材料とするのは誤りではないか。問題文を「鉢植えのアジサイを暗室に一晩置き、実験のために葉を切り離して」というようにすべての生徒が解釈するだろうか。
イ 葉が茎から切り離され、一晩置かれたことで、生徒が「その間、何か変化したかもしれない」と思考するとき、これは科学的な思考だろう。
ウ 実験結果として4つの選択肢が設定されていて「2 光合成には光が必要である。」が正解とされている。実は「光が必要という可能性がある」としか答えられないだろう。混乱させる問題を設けて「実験結果からわかること」という問題を答えさせて、それで「科学的な思考」が判定できるのか。
問3‐(1)地学・大地の変化(地層の断面・柱状図)
柱状図を示して、一見、地学のだいじな現象やそこに見られる法則性を題材にして思考させるようであるが、出題者側が要求しているのは「関東ローム層(火山灰を含む)」が見られるから「2 近くで火山の噴火があった。」と答えさせることのみである。
ア 「大地の変化」を中学第1学年で学習させる単元、と法的に規制して、地層が形成されていく地学現象を、科学的に思考させることを断念させているのではないか。
イ 粘土が堆積されることがあったり、その後砂や礫が堆積したり、さらに火山灰が堆積していったというような現象に注目し、ローム層が一番新しい地層である、という思考は大事だろう。
ウ 「関東ローム層」の標本を写真でわざわざ示している設問であるから、生徒は火山灰を顕微鏡観察したことを思いだすかもしれない。設問のしかたや選択肢に問題がある例で、出題者が誤答とする選択肢「1 マグマが急に冷えて固まった。」と思考したら、これを誤答として退けるのは狭量ではないか。
エ 問3‐(4)は火成岩の特徴の一つである結晶(粒)を問題にしている例である。「関東ローム層」の標本を写真で示している、と指摘したが、火成岩の特徴の学習で生徒の科学的な思考を判定するというのなら「粒」というのではなく結晶という科学概念を用いてほしいし、地学学習の中で何が最もだいじな概念や法則であるかを明確にして設問の内容をつくるべきではないか。
問4‐(2)物理・身のまわりの物質(状態変化、ロウの体積変化)
実験時の測定では、機材の性能に応じた表示の読み取り方をする。ここでは電子てんびんを用いて実験をしていて、設問ではビーカー全体の質量が250gとしてあるが、常識的には250・0gとすべきであるし、生徒も同様な指導がされているのではないか。液体状態では蒸発がさかんに続く。しかし、設問では質量では250gとし、科学的な思考をうながさない。
問4‐(3)物理・身のまわりの物質(物質の特徴、沸点)
水とエタノールの混合液の加熱を通して、物質の特徴を理解させようとしているが、問題文では実験に使う2種の物質の質量を明確にしていないし、表1の文「C 水と変わらない。」はまったく不適切な表現である。思考を混乱させるのではないか。
(2)自然事象への関心・意欲・態度
問1‐(1)生物・身のまわりに見られる植物(野外観察の方法)
この問題文では植物の「生活」を調べるための観察のしかたをたずねているのであるから、解答欄の選択肢「1日当たりや土のしめりけなど、草が生えている場所の特徴を確認する。」が正解だろう。また、「3」も正解ではないか。
ア 「自然事象への関心・意欲・態度」については選択肢4つに限られるものではないだろう。生徒の考えが問題文中の「あなたの考え」は、これに近い選択肢がなかったらどうするのか。
イ 学習によって、生徒には多様な関心・意欲・態度がみられるだろう。出題することによって生徒の脳髄のはたらきを規制することは誤りである。
ウ 選択肢1、2、4のいずれか1つが正解であるという。それでは「3 色や形やめずらしい草や花を見つけしだい、残らず採集する。」というのは誤りであろうか。たとえば、発見した植物は、どの種も1本ずつ採集するという活動を認めないのは誤りではないか。
(3)自然事象についての知識・理解
問5‐(1)生物・動物のからだのつくりとはたらき(頭骨と歯と食性)
肉食・草食という生活型分類をして哺乳類の骨格の特徴を出題しているが、図1はどこかの教科書会社の図解を下手に写し取った例であり、正しい図とは言えまい。
ア 問題のための問題、といった感じの設問である。頭骨全体の構造を考えさせるというのではなくて、犬歯のみに着目させるという図に堕落している。実物を観察したより正しいスケッチを示すべきだろう。
イ 3が正解ということであるが、「知識・理解」を判定するような選択肢が設けられているとは思えない。
問5‐(2)生物・動物のからだのつくりとはたらき(骨格と筋肉、関節のしくみ)
学習指導要領の記述と教科書検定の制約からか、運動器官としての骨格・筋肉系の知識や理解を調査する問題にはなっていない。
ア 単に筋肉がどう伸縮するか、を考えさせることが重要であろうか。
イ 関節構造とそのはたらき、筋肉の付着のしくみとともに腕の動きを考えさせるのが基本的なことではないか。
(4)観察・実験の技能・表現
問5‐(3)生物・動物のからだのつくりとはたらき(消化)
実験らしい装いをして展開しても、かなり誤りのある問題である。
ア 「実験と結果」で「デンプン溶液」とあるが、これはデンプンを溶融したのか、それとも水溶液なのか。
イ デンプンは水に溶けない、と生徒は学習してきているはずである。
ウ 溶解、溶液という概念と食い違わない理解をさせたいが、教材に「デンプンのり」という用語を使ってみる場合がある。うすいのり状にしたデンプンとでも、授業で教えてきたのであろうか。
エ 実験操作で「それぞれ少量ずつ」と記述している。設問では数量表示があいまいである。「観察・実験の技能・表現」の観点からというが、単なる知識を聞きただす問題ではないか。
問6‐(1)物理・電流とその利用(回路・計器の接続と計測)
めもりの読み方での問題点は、さらに問6‐(1)の「電圧の大きさは、2V(ボルト)である。」というところの誤りも指摘しておきたい。本来、「2・00V」「2・0V」とするのがよく、設問の文で「約2V」としているのなら、まだ我慢できる。
解答のしかたの便を図るというよりも、調査のための便を優先していて選択肢はどの問題でも4つと決められている。そのために、ほとんど設問と関係のない選択肢があったり、5つか6つの選択肢が必要と思われる場合も4つに制限されている。
教えるべき内容や教材の検討、施設・設備充実の対策がされずに、このような「学力」調査の強行は教育現場にマイナス面ばかりが多くなる。
