子どもを貧困と格差から守る連絡会議報告(7月25日)

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7月25日、「子どもを貧困と格差から守る連絡会議」を開催されました。「目の前の子どもをほっとけない!おせっかいおばさんの挑戦 生きづらさを抱えた子どもに寄り添う学習と生活支援の居場所づくり」と題して学習を行い、栗林知絵子さんと荻野悦子さんから報告をしていただきました。子どもたちのために何かしたいという思いの人が集まり、初参加の方を含め、これからの活動に生きる学習ができたと感想が述べられました。子どものリアルで深刻な実態も明らかになった中で、「おせっかい」な大人がなんとかしようと決意も新たになりました。

 

【報告者のプロフィール】

◆荻野悦子さん

「しんぶん赤旗」社会部記者(「子どもと『貧困』」取材班)。

足立区在住。小学校6年生と中学校2年生の2人の男児の母。

2010年10月、連載をまとめた『誰かボクに、食べものちょうだい』(新日本出版社)を出版。2011年秋から自宅に集まってくる長男の友だちを相手にnakam@勉強会を始める。

◆栗林知絵子さん

豊島区在住。高校2年と中学3年の2人の男児の母。

2004年より池袋本町プレーパークの運営に携わる。

自他共に認定の「おせっかいおばさん」。

「豊島区こどもWAKUWAKUネットワーク」を設立し、「地域のおせっかい」の繋がりを増殖中。

 

【栗林知絵子さんの報告】

 栗林さんは池袋本町プレーパークで大人のリーダーをしています。プレーパークでは大人と子どもは対等、ここでは辛いことをはき出す子どもがいます。地域にはシングルで働く母親が多く、プレーパークに通う子どもの多くがそういう家庭の子どもだといいます。

 夏休みの終わり、栗林さんは中3のK君に出会いました。「勉強してる?」何気なくかけた言葉に「高校、どうせ行けないから」という返事。聞けば、「(通知表に)1があるから都立は無理」と先生に言われたとか。この時から栗林さんの「おせっかい」が始まりました。勉強を教えるという栗林さんに、5分後またやってきて、「ほんとに教えてくれるの?」と言ったそうです。

 始めてみると分数も分からない。栗林さんは、時間通りに来られないK君が夜10時に来てもほめました。しかし、高校受験の情報もない栗林さんは、家事も回らないくらいたいへんになって、プレーパークの大学生を引き込むことに。不登校の別の子も来るようになっていました。

12月末、K君の母親に初めて会えました。「良心的な塾がある。受験生チャレンジ支援基金を受けませんか」とすすめました。進学できれば返還しなくていい東京都の貸付基金です。ところが、保証人がいないと借りられないのです。20万円は大金。「他の人と何人かで背負えばいい」、湯浅誠氏にアドバイスをもらって、「地域の子をみんなで応援してほしい」と一口1000円のサポーターを募集したところ、100人近く集まりました。「そんな子が地域にいるなら支えなければ」と言ってもらえたそうです。

K君は都立一次試験に落ち、初めて母親に「高校に行きたい」と言い、初めて学校で三者面談を受けました。二次試験まで親子で頑張ると決意し、3.3倍の倍率をくぐって工業高校に合格しました。

みんなに応援してもらっての合格だから、報告会をしなければと、6月24日に行った会が「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」の立ち上げ集会、116人が参加した集会にK君も参加して「めっちゃうれしかった」とお礼を言いました。栗林さんの「おせっかい」の輪がどんどん広がり始めました。

 

【荻野悦子さんの報告】

急な取材から駆け付けた荻野さんは、自分の家族の話から始めました。下のお子さんが小1のおわりに不登校に。小2の時は、荻野さんと夫さんが半年ずつ仕事を休んだそうです。4年生になっていた長男は学童保育が終了していて、荻野さんの家は長男の友だちが10人も集まる家になっていきました。中学生になってからはゲームばかり。その頃子どもの貧困を取材していた荻野さんは、学習支援の方法を知り、地域でつながりのある人や取材で出会った学生に試験対策をお願いしました。

今年になって勉強会は毎週1回の定例になりました。その日のレシピを荻野さんがパソコンに保存して、晩御飯を学生と子どもたちで作るようにしました。この勉強会は「nakam@勉強会」と名付けられました。

それから、荻野さんは、ひとりひとりの子どもについて語り始めました。親の離婚、死別。子どもたちの状況はとても厳しいものでした。生きづらさをかかえる子どもたちに荻野さんも夫さんも必死で関わっている様子が伝わり、参加者は心を打たれました。

荻野さんは、新聞記事の読み合わせをするなど、子どもたちに自分たちが生きている社会の問題に目を向けさせる試みも始めています。児童養護施設の子どもの記事を取り上げた時、ある子は「この人は夢を見つけたけれど、僕には夢がない。夢を見つけることがこれから必要なこと」と語ったといいます。原発再稼働問題では、「放射能」というものがわからない子どもたち。でも、原発はダメという意見は一致しました。勉強だけでなく、スキーに連れて行ったり、ワーカーズコープの協力で農業体験をさせたりと、荻野さんもどっぷりと「おせっかい」に浸かっています。

 

参加者の交流も活発に行われました。地域でどうネットワークを作っていけばいいかという課題意識をもっている人が多かったので、とても参考になり刺激になった会でした。また、総じて「おせっかい」の参加者から、さまざまな支援の必要な子どもがあぶり出されました。学校は何をやっているという声も、学校がこんなに大変になっているという実態もフランクに出し合えました。そして、厳しい状況にある子どもたちが、こうした大人に出会えるために、私たちのネットワークがもっともっと広く細やかにつながれなければならないと感じられました。

 

(報告:岸田久惠)

 

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